タレンティドガール 牝 鹿毛 1984.4.27生~2008.11.13没 静内町・千代田牧場生産 馬主・飯田 政子氏 美浦・栗田 博憲厩舎
| リマンド 栗毛 1965.2.16 種付け時活性値:0.50【18】 |
▲ Alcide 鹿毛 1955.6.6 |
Alycidon 栗毛 1945.3.15 |
Donatello 1934 |
| Aurora 1936 | |||
| Chenille 黒鹿毛 1940 |
King Salmon 1930 | ||
| Sweet Aloe 1935 | |||
| Admonish 芦毛 1958 |
Palestine 芦毛 1947 |
Fair Trial 1932 | |
| Una 1930 | |||
| Warning 栗毛 1950 |
Chanteur 1942 | ||
| Vertencia 1945 | |||
| チヨダマサコ 鹿毛 1977.4.3 仔受胎時活性値:1.50【6】 |
ラバージヨン 栗毛 1971.2.23 種付け時活性値:1.25【5】 |
Damascus 鹿毛 1964.4.14 |
Sword Dancer 1956.4.24 |
| Kerala 1958.5.12 | |||
| Evening Primrose 鹿毛 1964 |
Nashua 1952.4.14 | ||
| Blue Grotto 1957.4.29 | |||
| ミスオーハヤブサ 鹿毛 1973.3.11 仔受胎時活性値:0.75【3】 |
パーソロン 鹿毛 1960 種付け時活性値:1.00【12】 |
Milesian 1953 | |
| Paleo 1953 | |||
| ワールドハヤブサ 栗毛 1967.3.30 仔受胎時活性値:1.25【5】 |
ダイハード 栃栗毛 1957 種付け時活性値:0.25【9】 |
||
| オーハヤブサ 黒鹿毛 1959.3.3 仔受胎時活性値:1.75【7】 |
<5代血統表内のクロス:My Babu5×5(母方)>
| 父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
|---|---|---|---|
| リマンド (Blenheim系) |
ラバージヨン (Damascus系) |
パーソロン (My Babu系) |
ダイハード (Never Say Die系) |
| 形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 母の何番仔? |
| ラバージヨン (Damascus) |
5.25 (【6】+【3】+【5】+【7】) |
半兄ニツポーテイオー (No. 12 ビユーチフルドリーマー系) |
3番仔 (3連産目) |
*
| 着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 | 斤 量 |
騎手 | 走破 時計 |
着差 | 通過 順位 |
推定 上り |
馬体重 [増減] |
調教師 | 人 気 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 6 | タレンティドガール | 牝3 | 55 | 蛯沢 誠治 | 2:29.3 | 9-9-7-5 | 47.6 | 416 [+2] |
栗田 博憲 | 4 | |
| 2 | 14 | マックスビューティ | 牝3 | 55 | 田原 成貴 | 2:29.6 | 2 | 9-9-7-3 | 47.9 | 486 [-8] |
伊藤 雄二 | 1 |
| 3 | 10 | トップコート | 牝3 | 55 | 田島 良保 | 2:30.3 | 4 | 1-1-1-1 | 49.3 | 454 [-4] |
鶴留 明雄 | 5 |
| 4 | 12 | ダイナシルエット | 牝3 | 55 | 安田 富男 | 2:30.5 | 1 1/2 | 14-16-10-9 | 48.7 | 454 [-6] |
松山 康久 | 2 |
| 5 | 7 | ストロングレディー | 牝3 | 55 | 的場 均 | 2:31.1 | 3 1/2 | 4-3-3-3 | 49.9 | 458 [0] |
内藤 一雄 | 3 |
| 1F毎の ラップ |
13.0 – 11.5 – 12.3 – 13.1 – 12.9 – 12.9 – 12.7 – 12.6 – 12.0 – 12.0 – 11.9 – 12.4 |
|---|---|
| ラップの 累計タイム |
13.0 – 24.5 – 36.8 – 49.9 – 1:02.8 – 1:15.7 – 1:28.4 – 1:41.0 – 1:53.0 – 2:05.0 – 2:16.9 – 2:29.3 |
| 上り | 4F 48.3 – 3F 36.3 |
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【天候・馬場】1987年11月15日、京都競馬場。秋の陽光が差し込む中、芝コースは絶好の良馬場で開催されました。2400mの牝馬限定戦、出走頭数は20頭でした。1番人気は単勝1.2倍、8連勝中で圧倒的な支持を集めた6枠14番マックスビューティ(1984.5.3)(田原成貴騎手)。続いて2番人気に5枠12番 ダイナシルエット(1984.4.12)(安田富男騎手)、3番人気に3枠7番 ストロングレディー(1984.4.26)(的場均騎手)が並びました。
【スタート~道中】ゲートが開くと、ほぼ揃ったスタートから各馬が前を窺いました。先手を主張したのは4枠10番 トップコート(1984.6.16)(田島良保騎手)。迷わずハナを奪い、レースの主導権を握りました。2番手には7枠16番 エイシングレシャス(1984.4.26)(西浦勝一騎手)、3番手の内に1枠1番 シンウインド(1984.5.3)(村本善之騎手)が続きました。
注目のマックスビューティは、馬群のちょうど真ん中、中団9番手付近の好位を追走しました。その直後、女王を徹底的にマークするように位置を取ったのが、3枠6番 タレンティドガール(1984.4.27)(蛯沢誠治騎手)でした。鹿毛の馬体が、有力馬を射程圏に入れながら静かにリズムを刻みました。
【勝負どころ(3~4コーナー)】向こう正面から3コーナーの坂に差し掛かっても、トップコートが依然として先頭をキープしました。先行集団の7枠17番 メジロストーク(1984.3.26)(清水英次騎手)らが前を追う中、坂の下りでレースが動きました。外目からマックスビューティを駆る田原騎手の手が動き始め、馬群の外を回って力強く進出を開始しました。タレンティドガールもその動きを逃さず、マックスビューティのさらに外側へ進路を切り替え、抜群の手応えで最終コーナーを回りました。
【直線・結末】京都競馬場の直線、粘るトップコートに対し、馬場の真ん中からマックスビューティが襲いかかりました。残り200m付近、マックスビューティが一度は完全に先頭に躍り出ました。悲願の牝馬三冠達成が目前に迫ったかと思われたその瞬間、さらに外から強烈な脚で伸びてくる一頭がいました。タレンティドガールでした。
極限まで脚を溜めていたタレンティドガールは、逃げ粘るトップコートと、先に抜け出したマックスビューティを並ぶ間もなく交わし去りました。ゴール前では後続を引き離し、2分29秒3のタイムで先頭ゴールイン。見事に三冠阻止を果たしました。
2馬身差の2着にマックスビューティ。そこから4馬身離れた3着には、最後まで逃げ粘ったトップコートが入線しました。4着にダイナシルエット、5着にはストロングレディーが続き、上位人気馬が掲示板を確保する結果となりました。
※レース回顧パートは、AI(Gemini)を活用してレース動画から客観的に描写しています。
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当時8連勝中であった「究極の美しさ」マックスビューティ、規定事実と思われた牝馬三冠を「才媛」タレンティドガールが打ち破った1987年のエリザベス女王杯。タレンティドガールの兄ニッポーテイオー(1983.4.21)が前々週に行われた天皇賞・秋(GI)を制して悲願のGI初勝利を遂げたと思ったら、2週間後に妹がGI初制覇と共に大仕事を遂げたという図式でした。
この「兄が天皇賞・秋を勝ち、2週間後に妹がエリザベス女王杯を勝つ」という例はニッポーテイオーとタレンティドガールが初めてだったのですが、翌1988年にはタマモクロス(1984.5.23)とミヤマポピー(1985.5.26)兄妹が続き、1995年にはサクラチトセオー(1990.5.11)とサクラキャンドル(1992.4.9)兄妹が果たしました。
「同一牝系馬の連動する活躍」の極みのような、賢兄賢妹たちによるGI連勝劇。それを最初に成したタレンティドガール、管理された栗田博憲調教師にはGI初優勝を、鞍上の蛯沢誠治騎手には結果的にではありますが最後のGI制覇を贈ったのでした。
それでは、これから走る馬、人すべてが無事でありますように。
[タレンテイドガール(1984.4.27)の主な競走成績]
- エリザベス女王杯(GI)
- 優駿牝馬(GI)、クイーンS(GIII)
通算11戦4勝、2着2回、3着2回。
*

このサイトの管理人、「兄が天皇賞・秋を勝ち、2週間後に妹がエリザベス女王杯を勝つ」という事例は強く意識に残っているそうです。

やっぱり「『血の勢い』って大事」と思わされるもんな。

ええ。本シリーズの前回もミヤマポピーさんの記事にしようか迷った結果、パッシングショットさんにしたそうです。

そうか。このサイトの管理人曰く「ミヤマポピーは生まれ日が一緒」やって。




