ヒカルメイジ(1954.3.14)-自分の生まれ日に東京優駿を制した馬を辿る(No.1)+α-

Pedigree

ヒカルメイジ 牡 黒鹿毛 1954.3.14生~1983.3.6没 青森・盛田牧場生産 馬主・新田新作氏→新田松江氏 東京・藤本冨良厩舎

ヒカルメイジ(1954.3.14)の4代血統表
Bois Roussel
黒鹿毛 1935
種付け時活性値:0.50

Vatout
鹿毛 1926
Prince Chimay
栗毛 1915
Chaucer 1900
Gallorette 1907
Vasthi
鹿毛 1921
★Sans Souci 1904
Vaya 1909
Plucky Liege
鹿毛 1912
Spearmint
鹿毛 1903.4.6
Carbine 1885.9.18
Maid of the Mint 1897
Concertina
鹿毛 1896
St. Simon 1881
Comic Song 1884
イサベリーン
黒鹿毛 1944.5.7
仔受胎時活性値:0.25
Canon Law
鹿毛 1930
種付け時活性値:1.25
Colorado
黒鹿毛 1923
Phalaris 1913.5.16
Canyon 1913
Book Law
鹿毛 1924
Buchan 1916
Popingaol 1913
Legal Tender
鹿毛 1928
仔受胎時活性値:1.75
★Son-in-Law
黒鹿毛 1911.4.22
種付け時活性値:0.00
Dark Ronald 1905
Mother in Law 1906
Beloved
鹿毛 1920
仔受胎時活性値:1.75
Beppo
青毛 1903
種付け時活性値:0.00
Silesia
鹿毛 1909
仔受胎時活性値:0.50

<5代血統表内のクロス:Spearmint3×5、Chaucer4×5、St. Simon4×5(父方)、Dark Ronald4×5(母方)、Beppo4×5>

ヒカルメイジ(1954.3.14)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
Bois Roussel
(St. Simon系)
Canon Law
(Phalaris系)
★Son-in-Law
(Dark Ronald系)
Beppo
(Matchem系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
Canon Law
(Book Law)
4.25 半弟コマツヒカリ
(No. 10-a)
5番仔?
(空胎後)

*

1957年5月26日に行われた第24回東京優駿(東京芝2400m)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢 騎手 走破
時計
着差 調教師
1 5 ヒカルメイジ 牡3 蛯名 武五朗 2:31.0レコード 藤本 冨良 1
2 11 カズヨシ 牡3 山本 勳 2:31.6 3・1/2 柴田 寛治 2
3 7 ギンヨク 牡3 古山 良司 2:32.4 5 橋本 輝雄 14
4 10 ヨドノカゼ 牡3 伊藤 修司 2:32.6 1・1/4 伊藤 勝吉 7
5 1 タカイズミ 牡3 小野 定夫 2:32.8 1・1/4 矢野 幸夫 17

持込馬として初めて東京優駿制覇を果たしたヒカルメイジ。東京芝2400mの勝ち時計2分31秒0は、第18回を制した「幻の馬」トキノミノル(1948.5.2)の2分31秒1をコンマ1秒破るレコードタイムでした。そうしてヒカルメイジ、天神乗りの名手・蛯名武五郎騎手には第20回のボストニアン(1950.5.13)に続く東京優駿2勝目を、管理された名伯楽・藤本冨良調教師にも第21回のゴールデンウエーブ(1951.5.5)に続く東京優駿2勝目を贈りました。

*

ヒカルメイジに関しては「血とコンプレックス」誌上に記載がありますので、引用しておきます。

まずは、石塚栄五郎氏が選定された19頭の繁殖牝馬の内の1頭であるイサベリーンを、盛田牧場の盛田寛二氏が引き当てられた際のエピソードを。

石塚氏は気負った素振りもなく答え、

「もしかすると、ダービー馬はもう受胎しているかも知れませんね」

(中略)

「うんと奮発しようと思っていたのに思ったより値段が安い馬が当たってしまって、正直のところがっかりしていたんです。でも、ボワルセル(英国ダービー馬)を受胎しているので、ひょっとしたらそいつはうちなんじゃないかな、という期待も少しだけ」

-KKベストセラーズ、中島国治著「血とコンプレックス」、P150~P151より-

そして、ヒカルメイジの配合について述べられている部分を。

昭和29年産。15戦9勝。4歳時にダービー、NHK杯を勝つ。空胎の後の産駒である。配合はセントサイモン系とファラリス系で、4代父(Beppo)がマッチェム系と、走る条件が揃っている。5代血統表の中だけで五つのクロスがあるが、いずれも対象となる先祖の一方が0の遺伝を継いで、近親弊害から見事に逃れている。

-KKベストセラーズ、中島国治著「血とコンプレックス」、P152より-

*

先日ミスオンワード(1954.3.8)の記事をアップした際にヒカルメイジの名前を出しました。そのヒカルメイジが第24回東京優駿を制した日付を確認してみれば5月26日。私、5月26日生まれなのですが「5月の最終週の日曜日に生まれ日が巡る人は幸せである」と、競馬者として本当に思うところです。そんな訳で、第87回東京優駿(GI)ウィークの短期集中連載で「自分の生まれ日に東京優駿を制した馬を辿る」シリーズをお届けしたいと思います。

[ヒカルメイジ(1954.3.14)の主な競走成績]

  1. 東京優駿、NHK杯、スプリングS
  2. 皐月賞

通算15戦9勝、2着3回。

*

「自分の生まれ日に東京優駿を制した馬を辿る」シリーズの初回ですが、「兄弟ダービー馬」となりますと、弟も紹介しておきたくなるのが人情というものです。という訳で、栄光の「兄弟ダービー馬」の弟も。

コマツヒカリ 牡 鹿毛 1956.2.28生 青森・盛田牧場生産 馬主・小松重雄氏 中山・大久保房松厩舎

コマツヒカリ(1956.2.28)の4代血統表
トサミドリ
鹿毛 1946.5.20
種付け時活性値:0.25
プリメロ
鹿毛 1931
Blandford
黒鹿毛 1919.5.26
Swynford 1907
Blanche 1912
Athasi
鹿毛 1917
Farasi 1903
Athgreany 1910
フリツパンシー
黒鹿毛 1924
Flamboyant
鹿毛 1918
★Tracery 1909
Simonath 1905
Slip
黒鹿毛 1909
▲Robert le Diable 1899
Snip 1899
イサベリーン
黒鹿毛 1944.5.7
仔受胎時活性値:0.75
Canon Law
鹿毛 1930
種付け時活性値:1.25
Colorado
黒鹿毛 1923
Phalaris 1913.5.16
Canyon 1913
Book Law
鹿毛 1924
Buchan 1916
Popingaol 1913
Legal Tender
鹿毛 1928
仔受胎時活性値:1.75
★Son-in-Law
黒鹿毛 1911.4.22
種付け時活性値:0.00
Dark Ronald 1905
Mother in Law 1906
Beloved
鹿毛 1920
仔受胎時活性値:1.75
★Beppo
青毛 1903
種付け時活性値:0.00
Silesia
鹿毛 1909
仔受胎時活性値:0.50

<5代血統表内のクロス:Dark Ronald4×5(母方)>

コマツヒカリ(1956.2.28)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
トサミドリ
(Blandford系)
Canon Law
(Phalaris系)
★Son-in-Law
(Dark Ronald系)
Beppo
(Matchem系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
Canon Law
(Buchan)
4.75 半兄ヒカルメイジ
(No. 10-a)
7番仔?
(3連産目)

*

1959年5月24日に行われた第26回東京優駿(東京芝2400m)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢 騎手 走破
時計
着差 調教師
1 11 コマツヒカリ 牡3 古山 良司 2:38.2  大久保 房松 3
2 2 カネチカラ 牡3 森安 弘明 2:38.6 2・1/2 阿部 正太郎 8
3 4 メイタイ 牡3 八木澤 勝美 2:38.6 1/2 尾形 藤吉 1
4 19 オンワードベル 牡3 田村 駿仁 2:39.0 1・3/4 二本柳 俊夫 17
5 6 ニシハタ 牡3 本田 昌雄 2:39.0 クビ 佐藤 邦雄 18

後に「雨の古山」の異名を取ることとなった古山良司騎手に東京優駿制覇を贈ったコマツヒカリ。

コマツヒカリは、騎乗する古山良司が「雨が降ったら勝つ」と宣言していたほどの重馬場巧者であり、古山は後に「夢のようだった。内心で小躍りしながら『もっと降れ、もっと降れ』と叫んでいた」と述懐している[1]

コマツヒカリ – Wikipedia

第24回のヒカルメイジと第26回のコマツヒカリが果たした「兄弟ダービー馬」は、第2回のカブトヤマ(1930.3.5)と第4回のガヴアナー(1932.3.9)以来、史上2組目の偉業でした。カブトヤマは種牡馬としても第14回のマツミドリ(1944.4.5)を輩出して、東京優駿史上初めて「ダービー馬はダービー馬から」を果たした名馬でしたが、カブトヤマを管理されたのはコマツヒカリと同じ大久保房松調教師。そして「調騎分離」がなされる前の戦前の時代、カブトヤマの全29戦の鞍上を務められたのも大久保師ご自身でした。

コマツヒカリの父トサミドリにとっては、第16回でタチカゼ(1946.4.11)の4着に敗れた無念を仔で晴らしたというところ。JRA顕彰馬トサミドリも、コマツヒカリと同じ盛田牧場の生産馬。トサミドリとコマツヒカリは父仔でクラシック三冠を果たしたのでした。むぅ、青森馬産の黄金期を飾った馬たちの凄さよ。

口さがないファンはコマツヒカリの東京優駿制覇を「道悪だったから」と見る向きもあったようです。けれど、コマツヒカリは翌1960年の東京杯では東京芝2400mを2分28秒8の日本レコードで制しています。コマツヒカリの全35戦の内、東京芝2400mに出走した際は2戦2勝。不良馬場でも良馬場でも、強いものは強い。

[コマツヒカリ(1956.2.28)の主な競走成績]

  1. 東京優駿、東京杯
  2. 有馬記念、阪神大賞典、NHK杯、ダイヤモンドS

通算35戦6勝、2着6回、3着10回。

  

それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。

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盛田牧場 - Wikipedia