タップダンスシチー(1997.3.16)-ジャパンカップ(GI)の勝ち馬を辿る(No.23)-

Series

タップダンスシチー(Tap Dance City) 牡 鹿毛 1997.3.16生 米国・Echo Valley Horse Farm & Swettenham Stud生産 馬主・(株)友駿ホースクラブ 栗東・佐々木晶三厩舎

タップダンスシチー(1997.3.16)の4代血統表
Pleasant Tap
鹿毛 1987.5.8
種付け時活性値:0.25【9】

Pleasant Colony
黒鹿毛 1978.5.4
His Majesty
鹿毛 1968.4.15
Ribot 1952.2.27
Flower Bowl 1952
Sun Colony
鹿毛 1968.2.25
★Sunrise Flight 1959.5.9
Colonia 1959
Never Knock
黒鹿毛 1979.5.10
Stage Door Johnny
栗毛 1965.5.22
Prince John 1953.4.6
Peroxide Blonde 1960.4.23
Never Hula
黒鹿毛 1969.4.21
★Never Bend 1960.3.15
Hula Hula 1952
All Dance
鹿毛 1978.4.2
仔受胎時活性値:0.50【18】

Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
種付け時活性値:0.00【16】
Nearctic
黒鹿毛 1954.2.11
Nearco 1935.1.24
Lady Angela 1944
Natalma
鹿毛 1957.3.26
Native Dancer 1950.3.27
Almahmoud 1947.5.18
All Rainbows
鹿毛 1973.5.2
仔受胎時活性値:1.00【4】
★Bold Hour
黒鹿毛 1964
種付け時活性値:0.00【8】
Bold Ruler 1954.4.6
Seven Thirty 1958.5.14
Miss Carmie
鹿毛 1966.2.21
仔受胎時活性値:1.50【6】
★T. V. Lark
鹿毛 1957.2.12
種付け時活性値:0.00【8】
Twice Over
黒鹿毛 1956.5.13
仔受胎時活性値:0.25【9】

<5代血統表内のクロス:Nasrullah5×5、Polynesian5×5>

タップダンスシチー(1997.3.16)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
Pleasant Tap
(Ribot系)
Northern Dancer
(Nearctic系)
★Bold Hour
(Bold Ruler系)
★T. V. Lark
(Nasrullah系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
Pleasant Tap 3.25 叔母Winning Colors
(No. 23-b)
12番仔
(3連産目)

*

2003年の第23回ジャパンカップ(GI。東京芝2400m)の結果(上位5頭)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 通過
順位
上り
3F
馬体重
[増減]
調教師
1 1タップダンスシチー 牡6 57 佐藤 哲三 2:28.7  1-1-1-1 37.4 502
[0]
佐々木 晶三 4
2 10ザッツザプレンティ 牡3 55 安藤 勝己 2:30.2 9 2-2-2-2 38.0 496
[+4]
橋口 弘次郎 5
3 5シンボリクリスエス 牡4 57 O.ペリエ 2:30.3 3/4 8-8-8-9 37.1 540
[+6]
藤沢 和雄 1
4 8ネオユニヴァース 牡3 55 M.デムーロ 2:30.3 アタマ 12-13-13-11 37.0 488
[-4]
瀬戸口 勉 2
5 11 アクティブバイオ 牡6 57 武 幸四郎 2:30.5 1 1/4 3-3-3-3 38.1 500
[+2]
崎山 博樹 15

2003年の第23回。東京芝2400mにおわす競馬の神様は、毅然とした「逃げ」でGIレースに挑む人馬に対して、時折、微笑みかけます。平成以後の印象に残る人馬を振り返ると、中野栄治とアイネスフウジン(1987.4.10)松永幹夫イソノルーブル(1988.3.13)、小島貞博とミホノブルボン(1989.4.25)、大西直宏とサニーブライアン(1994.4.23)。そしてまた、神様に微笑まれた佐藤哲三とタップダンスシチー。いずれもが、透徹した意思を持って、しっかりと逃げ切った人馬でした。

一途な情熱に、神様は少しの花を贈ってくれるのかもしれませんね。

月刊『優駿』、2000年10月号P112、河村清明「生産者として、さらには経営者として」より-

上の引用は、ユーワファルコン(1997.4.7)が中日スポーツ賞4歳S(現ファルコンS、GIII)を勝利した際、生産者であるミルファーム代表・清水敏さんに対して岡田繁幸さんが贈られた言葉です。素敵な言葉だと思い、覚えています。

東京芝2400mのGIレースを逃げ切るという至難の業。けれど、敢えてそれを選択した挑戦者の一途な思いに対して、神様が少しの花を贈ってくれた。カツラギエース(1980.4.24)の第4回ジャパンカップ制覇を見て、騎手への憧れをより一層強くされたという佐藤哲三騎手。

カツラギエース(1980.4.24)-ジャパンカップ(GI)の勝ち馬を辿る(No.4)-
カツラギエース(Katsuragi Ace) 牡 黒鹿毛 1980.4.24生~2000.7.3没 三石・片山専太郎氏生産 馬主・野出一三氏 栗東・土門一美厩舎

それから19年経って、自身初騎乗となったジャパンカップ。1枠1番、意を決しての逃走。かつて自分が憧れた西浦勝一とカツラギエースと同じように、後続を引き離しての一人旅。3角から4角、一瞬鈍ったかのように見えた脚色。しかし直線、思うように伸びない後続勢をあざ笑うかのように独走。佐藤騎手とタップダンスシチーのゴール後、1.5秒後にやっと2着の安藤勝己騎手とザッツザプレンティ(2000.5.26)がゴール。そうして着けた9馬身差は、ジャパンカップ勝ち馬として史上最大の着差でした。

強いものは強い。努力を重ねてタップダンスシチー、6歳秋に花開きました。フジテレビ系列の中継で塩原恒夫アナウンサーは「まんまと逃げ切りました!!」と叫ばれましたが、9馬身差は「まんまと」と言うには着差がつき過ぎました。JRAのGIレース史上に残る圧勝劇でした。レース後、検量室前で愛馬を迎えた際の、佐々木晶三先生の嬉しそうな笑顔も良かった。曇天の東京に日本人の笑顔の花が咲いたのは、外国勢の皆さんには申し訳ないのですが、やっぱり日本人として嬉しかった。

競馬の神様は、競馬者に対して、時折、微笑みかけます。そうして、競馬者のこころを、ひきつけてやまないのです。

  

それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。

*

[タップダンスシチー(1997.3.16)の主な競走成績]

  1. ジャパンカップ(GI)、宝塚記念(GI)、金鯱賞(GII)3回、京都大賞典(GII)、朝日チャレンジC(GIII)
  2. 有馬記念(GI)2回、日経賞(GII)
  3. 宝塚記念(GI)、アルゼンチン共和国杯(GII)、京都大賞典(GII)、日経新春杯(GII)、京都新聞杯(GIII)

通算42戦12勝、2着6回、3着7回。