ウイニングチケット 牡 黒鹿毛 1990.3.21生~2023.2.18没 静内・藤原牧場生産 馬主・太田美實氏 栗東・伊藤雄二厩舎
トニービン 鹿毛 1983.4.7 種付け時活性値:1.50【6】 |
カンパラ 黒鹿毛 1976.2.19 |
Kalamoun 芦毛 1970.4.30 |
ゼダーン 1965 |
Khairunissa 1960 | |||
State Pension 鹿毛 1967 |
オンリーフオアライフ 1960 | ||
Lorelei 1950 | |||
Severn Bridge 栗毛 1965 |
Hornbeam 栗毛 1953 |
Hyperion 1930.4.18 | |
Thicket 1947 | |||
Priddy Fair 鹿毛 1956 |
Preciptic 1942 | ||
Campanette 1948 | |||
パワフルレデイ 黒鹿毛 1981.5.27 仔受胎時活性値:2.00【8】 |
マルゼンスキー 鹿毛 1974.5.19 種付け時活性値:1.50【6】 |
Nijinsky 鹿毛 1967.2.21 |
Northern Dancer 1961.5.27 |
Flaming Page 1959.4.24 | |||
シル 鹿毛 1970.4.22 |
Buckpasser 1963.4.28 | ||
Quill 1956.2.24 | |||
ロツチテスコ 鹿毛 1975.2.16 仔受胎時活性値:1.25【5】 |
テスコボーイ 黒鹿毛 1963 種付け時活性値:0.75【11】 |
Princely Gift 1951 | |
Suncourt 1952 | |||
スターロツチ 鹿毛 1957.4.16 仔受胎時活性値:0.25【17】 |
★ハロウエー 黒鹿毛 1940 種付け時活性値:0.00【16】 |
||
コロナ 栗毛 1943.4.20 仔受胎時活性値:1.25【13】 |
<5代血統表内のクロス:Hyperion4×5、Nasrullah5×5>
父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
---|---|---|---|
トニービン (ゼダーン系) |
マルゼンスキー (Nijinsky系) |
テスコボーイ (Princely Gift系) |
★ハロウエー (Fairway系) |
形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 母の何番仔? |
トニービン |
4.75 (【8】+【5】+【17】+【13】) |
半弟ロイヤルタッチ (No. 11-c クレイグダーロツチ系) |
6番仔 (6連産目) |
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
通過 順位 |
上り 3F |
馬体重 [増減] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 10 | ウイニングチケット | 牡3 | 55 | 柴田政人 | 2:00.1 | 11-11-7-6 | 35.0 |
466 [+10] |
伊藤雄二 | 1 | |
2 | 9 | ナリタタイシン | 牡3 | 55 | 武豊 | 2:00.4 | 2 | 10-10-7-6 | 35.4 |
422 [+4] |
大久保正陽 | 2 |
3 | 7 | ステージチャンプ | 牡3 | 55 | 蛯名正義 | 2:00.4 | クビ | 4-4-4-4 | 35.5 |
450 [-2] |
矢野進 | 11 |
4 | 1 | ツジユートピアン | 牡3 | 55 | 田原成貴 | 2:00.6 | 1 | 9-8-4-4 | 35.7 |
502 [-2] |
伊藤修司 | 6 |
5 | 11 | サンエイキッド | 牡3 | 55 | 加藤和宏 | 2:00.6 | ハナ | 7-6-7-8 | 35.5 |
454 [0] |
古川平 | 7 |
1F毎の ラップ |
12.4 – 11.2 – 11.8 – 11.8 – 12.2 – 12.2 – 12.0 – 12.0 – 12.7 – 11.8 |
---|---|
ラップの 累計タイム |
12.4 – 23.6 – 35.4 – 47.2 – 59.4 – 1:11.6 – 1:23.6 – 1:35.6 – 1:48.3 – 2:00.1 |
上り | 4F 48.5 – 3F 36.5 |
1993年の第30回弥生賞。この弥生賞が実はトニービン産駒の重賞初勝利でした。ウイニングチケット、満2歳時の新馬戦、葉牡丹賞、ホープフルS(OP)に続いて4連勝目をレースレコードで飾りました。勝ち時計2分0秒1は当時の皐月賞(GI)レコードよりも速く、2016年にマカヒキ(2013.1.28)に破られるまで、レースレコードとして残っていました。この時点でウイニングチケットは中山芝2000m3戦3勝。「皐月賞はこの馬で決まり」と誰しもが思ったでしょう。そりゃそうです。けれど、1ヶ月後の本番では2着のナリタタイシン(1990.6.10)が逆襲を見せました。そしてまた、この時はまだまだ知られていなかった「トニービン産駒は府中でこそ」。ウイニングチケットの本領は晩春の東京競馬場で発揮されたのでした。
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
通過 順位 |
上り 3F |
馬体重 [増減] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 10 | ウイニングチケット | 牡3 | 57 | 柴田政人 | 2:25.5 | 12-11-7-5 | 36.2 |
458 [-2] |
伊藤雄二 | 1 | |
2 | 7 | ビワハヤヒデ | 牡3 | 57 | 岡部幸雄 | 2:25.6 | 1/2 | 7-7-5-5 | 36.3 |
474 [-4] |
浜田光正 | 2 |
3 | 1 | ナリタタイシン | 牡3 | 57 | 武豊 | 2:25.8 | 1.1/4 | 17-16-15-14 | 35.9 |
430 [+4] |
大久保正陽 | 3 |
4 | 4 | ガレオン | 牡3 | 57 | 杉浦宏昭 | 2:26.1 | 2 | 4-5-5-2 | 37.0 |
476 [-2] |
二本柳俊夫 | 8 |
5 | 5 | マイシンザン | 牡3 | 57 | 田原成貴 | 2:26.1 | アタマ | 4-5-7-5 | 36.8 |
514 [+2] |
山本正司 | 4 |
1F毎の ラップ |
12.7 – 11.3 – 12.1 – 12.0 – 11.9 – 12.0 – 12.2 – 12.2 – 12.1 – 12.4 – 12.0 – 12.6 |
---|---|
ラップの 累計タイム |
12.7 – 24.0 – 36.1 – 48.1 – 1:00.0 – 1:12.0 – 1:24.2 – 1:36.4 – 1:48.5 – 2:00.9 – 2:12.9 – 2:25.5 |
上り | 4F 49.1 – 3F 37.0 |
1993年の第60回東京優駿。「皇太子殿下御成婚奉祝」をサブタイトルとしたこのレース、戦前の単勝人気はウイニングチケット3.6倍、ビワハヤヒデ(1990.3.10)3.9倍、ナリタタイシン4.0倍と三強が人気を分けあいました。終わってみれば、そのとおりにウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシンで決着。ファンはよく知っています。
レースは、ウイニングチケットは道中中団やや後方の内々でじっと我慢して徐々に進出、4コーナーでポッカリと空いた内ラチ沿いから抜け出し。逆に先行集団にいたビワハヤヒデは、4コーナーで2番手に付けていたドージマムテキ(1990.3.31)がヨレたことにより外に振られる形になりました。ナリタタイシンは唯我独尊といった感じでほぼ最後方から直線一気。そうして、ラスト1ハロンを切ってからは3頭の競馬。
最後、勝負を分けたのは、柴田政人騎手のダービー制覇への執念だったように思います。「鬼気迫る」とは、まさにあの時の柴田騎手の形相と追いっぷりの為にあるのではないでしょうか。フジテレビ系列の通常中継のVTRを見ると、声を出して吠えられているようにも見えます。そんなマサトさんの魂の咆哮にも鼓舞されて、ウイニングチケット。東京芝2400mの決勝点、その名のとおりに勝利への切符を蹄中に収めました。
大願、宿願、念願、悲願。いろんな願いがありますが、馬に携わる人にとって、ホースマンの誰しもが思い馳せるダービー制覇は、その最たるものでしょう。ウイニングチケットは藤原牧場、伊藤雄二調教師、太田美實オーナー、そして柴田騎手、いずれもに東京優駿初制覇を贈りました。
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
通過 順位 |
上り 3F |
馬体重 [増減] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 4 | ウイニングチケット | 牡3 | 57 | 柴田政人 | 2:13.3 | 7-6-6-5 | 34.4 |
466 [+8] |
伊藤雄二 | 1 | |
2 | 6 | マイヨジョンヌ | 牡3 | 57 | 武豊 | 2:13.3 | クビ | 1-1-1-1 | 35.0 |
454 [0] |
畠山重則 | 2 |
3 | 9 | トーヨーリファール | 牡3 | 57 | 松永昌博 | 2:13.4 | 1/2 | 2-2-2-2 | 35.0 |
468 [0] |
松永善晴 | 3 |
4 | 1 | ロイヤルフェロー | 牡3 | 57 | 村本善之 | 2:13.8 | 2.1/2 | 3-3-4-4 | 35.2 |
480 [+2] |
柴田政見 | 8 |
5 | 2 | ユウキダイオー | 牡3 | 57 | 田島裕和 | 2:13.9 | 3/4 | 3-3-6-5 | 35.1 |
486 [0] |
福島勝 | 5 |
1F毎の ラップ |
12.8 – 11.1 – 12.3 – 12.8 – 12.6 – 12.5 – 12.7 – 11.5 – 11.4 – 11.5 – 12.1 |
---|---|
ラップの 累計タイム |
12.8 – 23.9 – 36.2 – 49.0 – 1:01.6 – 1:14.1 – 1:26.8 – 1:38.3 – 1:49.7 – 2:01.2 – 2:13.3 |
上り | 4F 46.5 – 3F 35.0 |
1993年の第41回京都新聞杯。振り返れば、当時の京都新聞杯は本番と同斤量で行なわれていたのですね。そんな当時の菊花賞(GI)トライアルは、ウイニングチケット、関西馬なのに関西のレースの初見参でした。レースは逃げたマイヨジョンヌ(1990.4.8)と2番手で続いたトーヨーリファール(1990.5.10)の決着になるかと思われました。いま見直すと、ウイニングチケット、けっこう絶望的な感じの4コーナーから直線の入り口。けれど、それでも最後の最後、本当に最後の最後で「クビ」だけ交わし切ったのは、ダービー馬の底力。先行馬2頭が出走馬中2番目に速い上がり3ハロン35秒0の脚を使っているのに対して、それを0秒6も上回る34秒4の切れ味もサスガでした。
#余談。見れば、ウイニングチケットが制した2つのGIIレースの2着は、共に川上悦夫さんが生産されたリヴリア(1982.4.20)産駒でした。なお、マイヨジョンヌは2歳暮れのホープフルSでも2着に下しています。
*
ウイニングチケットという馬は、私自身の青春にオーバーラップして、「青春」という単語で思い起こすことが多いのです。
「一生青春」でいて欲しいものと思っていました。そのとおり、ずっと若々しい姿をWEBを通じてでも、見せてくれていました。
けれど、命あるものの定めは、等しくやって来ます。
ウイニングチケット、33歳。大往生でした。見事な馬生でした。初めてライブで見た日本ダービーを勝った馬が、あなたで良かった。本当にお疲れ様でした。
まぶたを閉じれば、黄色の帽子、「赤、水色一本輪、袖黄縦縞」の勝負服、鞍上の思いも乗せた黒鹿毛の疾走が、私自身の青春と共によぎります。合掌。
それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。
*
[ウイニングチケット(1990.3.21)の主な競走成績]
- 東京優駿(GI)、京都新聞杯(GII)、弥生賞(GII)
- オールカマー(GIII)
- ジャパンカップ(GI)、菊花賞(GI)
通算14戦6勝、2着1回、3着2回。
#2017年01月11日(水)初出。2023年02月20日(月)記事改め。
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