ヒシアケボノ 牡 黒鹿毛 1992.2.27生~2008.11.19没 米国・Swettenham Stud, et al.生産 馬主・阿部雅一郎氏 栗東・佐山 優厩舎
★ Woodman 栗毛 1983.2.17 種付け時活性値:0.00【8】 |
Mr. Prospector 鹿毛 1970.1.28 |
★Raise a Native 栗毛 1961.4.18 |
Native Dancer 1950.3.27 |
Raise You 1946 | |||
Gold Digger 鹿毛 1962.5.28 |
Nashua 1952.4.14 | ||
Sequence 1946 | |||
プレイメイト 栗毛 1975.4.12 |
Buckpasser 鹿毛 1963.4.28 |
Tom Fool 1949.3.31 | |
Busanda 1947 | |||
Intriguing 栗毛 1964.2.16 |
Swaps 1952.3.1 | ||
Glamour 1953.4.2 ♀ | |||
Mysteries 鹿毛 1986.2.26 仔受胎時活性値:1.25【5】 |
Seattle Slew 黒鹿毛 1974.2.15 種付け時活性値:0.75【11】 |
Bold Reasoning 黒鹿毛 1968.4.29 |
Boldnesian 1963.4.14 |
Reason to Earn 1963 | |||
My Charmer 鹿毛 1969.3.25 |
Poker 1963.3.20 | ||
Fair Charmer 1959.2.3 | |||
Phydilla 鹿毛 1978.2.13 仔受胎時活性値:1.75【7】 |
★Lyphard 鹿毛 1969.5.10 種付け時活性値:0.00【8】 |
Northern Dancer 1961.5.27 | |
Goofed 1960.3.29 | |||
Godzilla 栗毛 1972.5.4 仔受胎時活性値:1.25【5】 |
Gyr 栗毛 1967.4.22 種付け時活性値:1.00【4】 |
||
Gently 芦毛 1962 仔受胎時活性値:0.25【9】 |
<5代血統表内のクロス:Glamour(♀)4×5、Nasrullah5×5(父方)>
父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
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★Woodman (Mr. Prospector系) |
Seattle Slew (Bold Ruler系) |
★Lyphard (Northern Dancer系) |
Gyr (Sea-Bird系) |
形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 母の何番仔? |
Gyr | 4.50 | 半弟アグネスワールド (No. 6-b) |
2番仔 (2連産目) |
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 | 斤 量 |
騎手 | 走破 時計 |
着差 | 通過 順位 |
上り 3F |
馬体重 [増減] |
調教師 | 人 気 |
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1 | 14 | ヒシアケボノ | 牡3 | 55 | 角田晃一 | 1:19.8 | レコード | 4-4 | 34.7 | 556 [+11] |
佐山優 | 4 |
2 | 9 | ノーブルグラス | 牝4 | 55 | 小島太 | 1:20.5 | 4 | 6-6 | 34.9 | 428 [-2] |
上原博之 | 5 |
3 | 2 | ビッグショウリ | 牡4 | 58 | 塩村克己 | 1:20.7 | 1 | 5-5 | 35.2 | 492 [+2] |
中尾正 | 6 |
4 | 5 | ホクトフィーバス | 牡4 | 57 | 的場均 | 1:20.7 | ハナ | 2-2 | 35.9 | 458 [0] |
中野隆良 | 7 |
5 | 6 | タイブルース | 牡3 | 55 | 村本善之 | 1:20.8 | クビ | 12-14 | 34.3 | 506 [+2] |
坂田正行 | 11 |
1995年の第38回スワンS。14頭立ての京都芝1400mを大外14番枠から発進した、見るからにデカイ黒鹿毛に白いシャドーロールのヒシアケボノ。3角から4角で勢いを付けて直線に向くと、後続を見る見る突き放しました。最後は出走14頭中最重量の556kgのヒシアケボノが、最軽量の428kgのノーブルグラス(1991.4.7)に4馬身差を着けての快勝。その勝ち時計1分19秒8は、前年1994年に阪神芝1400mで行われたスワンSにおいてサクラバクシンオー(1989.4.14)が計時した1分19秒9をコンマ1秒更新する芝1400mの日本レコードでした。
#ノーブルグラスといえば、1996年の札幌スプリントS(GIII)において、安田富男騎手に「史上初のJRA全10競馬場における重賞制覇」をプレゼントした馬としても知られていますね。
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 | 騎手 | 走破 時計 |
着差 | 調教師 | 人 気 |
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1 | 8 | ヒシアケボノ | 牡3 | 角田 晃一 | 1:08.1 | 佐山 優 | 1 | |
2 | 12 | ビコーペガサス | 牡4 | 横山 典弘 | 1:08.3 | 1・1/4 | 柳田 次男 | 2 |
3 | 6 | ソーファクチュアル | 牡5 | O.ペリエ | 1:08.4 | 3/4 | S.ビン・スルール | 3 |
4 | 15 | ニホンピロスタディ | 牡3 | 小林 徹弥 | 1:08.8 | 2・1/2 | 目野 哲也 | 4 |
5 | 5 | ホクトフィーバス | 牡4 | 的場 均 | 1:08.8 | ハナ | 中野 隆良 | 5 |
1995年の第29回スプリンターズS。16頭立ての中山芝1200m、電撃の6ハロン戦の前半600mはニホンピロスタディ(1992.4.17)がガンガン逃げて32秒9の速いラップ。そんな速い流れを中団位置の外目外目を回りながら追走したヒシアケボノ。白いシャドーロールをつけた黒鹿毛の巨漢馬、冬の中山の芝を揺らすように走り、直線、大外に振り回して勝利を収めました、1番人気馬に騎乗された鞍上の角田晃一騎手、自信がおありだったのでしょう。ビワハイジ(1993.3.7)による前週の阪神3歳牝馬S(GI)続く2週連続GI制覇と相成りました。
そうしてヒシアケボノ、馬体重560kgでの勝利は、JRA・GI史上最高馬体重での勝利でした。
*
ヒシアケボノが活躍していた時分、1990年代の佐山優厩舎は短距離得意の馬が多く見られた印象も強いです。ユウキトップラン(1988.6.21)、ゴールドマウンテン(1989.4.7)、トーワウィナー(1990.3.19)。厩舎の先輩たちが届かなかったGI勝利、米国生まれのヒシアケボノが果たすと共に、佐山調教師にもGI初勝利を届けたのでした。
佐山厩舎の冠名「ヒシ」といえば、大物外車と喧伝されたヒシマサル(1989.2.20)が最初の重賞勝ち馬で、その後に続いたのがヒシアケボノでした。その後もヒシナタリー(1993.2.16)、ヒシピナクル(1996.3.17)-ヒシアマゾン(1991.3.26)の全妹-等の外国産馬の活躍が多く見られました。しかし、佐山厩舎と冠名「ヒシ」の組み合わせとなりますと、やはり
ヒシミラクル(1999.3.31)ですね。佐山厩舎はGI4勝を遂げられましたが、ヒシアケボノの1勝とヒシミラクルの3勝と、冠名「ヒシ」の2頭によるもので、共に鞍上は角田騎手でした。
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ヒシアケボノ。「白、青二本輪」の勝負服を背にした短距離の横綱、現年齢表記4歳以降にもうひとつ、ふたつ勲章が増えても良かったと思っています。特に1996年の安田記念(GI)はゴール寸前まで逃げ粘ってましたが、他の0の理論的良馬の2頭に僅かに先んじられました。トロットサンダー(1989.5.10)、タイキブリザード(1991.3.12)との「ハナ」「クビ」の勝負、惜しかった。
出走する度にその馬体の大きさも話題となったヒシアケボノ。1990年代中期の印象に残る外国産馬の1頭でした。
それでは、これから走る馬、人すべてが無事でありますように。
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[ヒシアケボノ(1992.2.27)の主な競走成績]
- スプリンターズS(GI)、スワンS(GII)
- 安田記念(GI)、マイルチャンピオンシップ(GI)、高松宮杯(GI)、シルクロードS(GIII)、京王杯オータムH(GIII)
通算30戦6勝、2着1回、3着6回。
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このサイトの管理人、ヒシアケボノが制した1995年の第38回スワンSの「発走前」のことをよく覚えているそうで。
ああ、天皇賞・秋(GI)の前日でなぁ。KBS京都のテレビ中継で宮本英樹アナウンサーが「2枠3番のマイシンザンが左前脚の屈腱炎を発症」って、伝えてくれはったって。
このサイトの管理人、厳しい口調から嫌な予感がしたので、「2枠」と聞いた後、「3番とは言わんといて」と願ったそうな。
それは、ヒシアケボノやおまはんと同い年でおなじみのジェニュイン(1992.4.28)には申し訳なかったなぁ。このサイトの管理人に成り代わり、お詫び申し上げる。