ナリタタイシン 牡 鹿毛 1990.6.10生~2020.4.13没 新冠・川上悦夫氏生産 馬主・山路秀則氏 栗東・大久保正陽厩舎
リヴリア 鹿毛 1982.4.20 種付け時活性値:1.75【7】 |
Riverman 鹿毛 1969.3.22 |
★Never Bend 鹿毛 1960.3.15 |
Nasrullah 1940.3.2 |
Lalun 1952 | |||
River Lady 鹿毛 1963.5.17 |
Prince John 1953.4.6 | ||
Nile Lily 1954.3.23 | |||
Dahlia 栗毛 1970.3.25 |
Vaguely Noble 鹿毛 1965.5.15 |
ヴイエナ 1957 | |
Noble Lassie 1956 | |||
Charming Alibi 栗毛 1963.3.7 |
Honeys Alibi 1952 | ||
Adorada 1947 | |||
タイシンリリイ 芦毛 1981.5.27 仔受胎時活性値:2.00【8】 |
ラデイガ 鹿毛 1969.5.18 種付け時活性値:0.75【11】 |
Graustark 栗毛 1963.4.7 |
Ribot 1952.2.27 |
Flower Bowl 1952 | |||
Celia 黒鹿毛 1960.4.3 |
Swaps 1952.3.1 | ||
Pocahontas 1955.2.19 | |||
インターラーケン 芦毛 1966.2.9 仔受胎時活性値:1.50【14】 |
サミーデイヴイス 黒鹿毛 1960 種付け時活性値:1.25【5】 |
Whistler 1950 | |
Samaria 1955 | |||
シルヴアーフアー 芦毛 1962 仔受胎時活性値:0.75【3】 |
Abernant 芦毛 1946 種付け時活性値:1.75【15】 |
||
Moyo 芦毛 1956 仔受胎時活性値:1.25【5】 |
<5代血統表内のクロス:Nearco5×5(父方)、Roman5×5、Alibhai5×5>
父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
---|---|---|---|
リヴリア (Riverman系) |
ラデイガ (Ribot系) |
サミーデイヴイス (The Boss系) |
Abernant (Hyperion系) |
形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 母の何番仔? |
リヴリア |
5.50 (【8】+【14】+【3】+【5】) |
半姉ユーセイフェアリー (No. 1-w シルヴアーフアー系) |
4番仔 (4連産目) |
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
通過 順位 |
上り 4F |
馬体重 [増減] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | ナリタタイシン | 牡2 | 54 | 清水英次 | 2:05.8 | 12-12-9-7 | 49.7 |
422 [+6] |
大久保正陽 | 5 | |
2 | 4 | マルカツオウジャ | 牡2 | 54 | 河内洋 | 2:05.9 | 1/2 | 9-8-9-3 | 49.7 |
460 [+6] |
田中耕太郎 | 2 |
3 | 6 | サンエイキッド | 牡2 | 54 | 安田隆行 | 2:06.2 | 2 | 6-8-9-10 | 50.0 |
460 [+6] |
古川平 | 8 |
4 | 12 | エアマジック | 牡2 | 54 | 角田晃一 | 2:06.4 | 1.1/4 | 11-10-12-7 | 50.0 |
438 [-2] |
渡辺栄 | 7 |
5 | 3 | ファンドリリヴリア | 牡2 | 54 | 村本善之 | 2:06.4 | ハナ | 9-10-6-3 | 50.4 |
440 [0] |
高橋成忠 | 10 |
1F毎の ラップ |
13.3 – 11.7 – 12.2 – 12.7 – 13.1 – 12.1 – 12.6 – 13.1 – 12.1 – 12.9 |
---|---|
ラップの 累計タイム |
13.3 – 25.0 – 37.2 – 49.9 – 1:03.0 – 1:15.1 – 1:27.7 – 1:40.8 – 1:52.9 – 2:05.8 |
上り | 4F 50.7 – 3F 38.1 |
1992年の第9回ラジオたんぱ杯3歳S。ナリタタイシン、ラストの追い上げがちょっと尋常ではない感じでした。という訳で、「同一牝系馬の連動する活躍」。よく見られる現象ですけれど、このラジオたんぱ杯3歳Sの前週、ナリタタイシンの半姉ユーセイフェアリー(1987.3.23)が、阪神牝馬特別(GIII。現阪神牝馬S、GII)を16頭立て16番人気(!!)で制しています。「阪神芝2000mのGIIIレース」という施行コース、グレードも同じでした。なお、このラジオたんぱ杯3歳Sが、故・清水英次騎手の最後の重賞勝利でもありました。
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 | 騎手 |
走破 時計 |
着差 | 調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 14 | ナリタタイシン | 牡3 | 武 豊 | 2:00.2 | 大久保 正陽 | 3 | |
2 | 18 | ビワハヤヒデ | 牡3 | 岡部 幸雄 | 2:00.3 | クビ | 濱田 光正 | 2 |
3 | 1 | シクレノンシェリフ | 牡3 | 松永 幹夫 | 2:00.5 | アタマ+1・1/4 | 小林 稔 | 4 |
4 | 4 | ウイニングチケット | 牡3 | 柴田 政人 | 2:00.6 | 1/2 | 伊藤 雄二 | 1 |
5 | 6 | アンバーライオン | 牡3 | 田所 秀孝 | 2:00.8 | 1・1/2 | 鹿戸 幸治 | 16 |
1F毎の ラップ |
12.4 – 11.2 – 12.0 – 12.6 – 12.3 – 12.1 – 12.1 – 11.9 – 11.8 – 11.8 |
---|---|
ラップの 累計タイム |
12.4 – 23.6 – 35.6 – 48.2 – 1:00.5 – 1:12.6 – 1:24.7 – 1:36.6 – 1:48.4 – 2:00.2 |
上り | 4F 47.6 – 3F 35.5 |
1993年の第53回皐月賞。思えば、私の「武豊原理主義」はこのレースから始まったのかも知れません。まさに武マジックが発動したかのような、決勝点における「クビ」だけ差し切り。
もちろん、鞍上に応えた鞍下のナリタタイシンが、いちばん褒められなければなりません。ラストの直線半ばで、ガレオン(1990.4.25)が外に斜行したアオリをもろに受けながらも、怯むことなく鞍上の鼓舞に応えて、最後の最後まで脚を伸ばしました。2番目に速い上がりを記録した9着のマイシンザン(1990.3.7)の35秒2を0秒6も上回る、上がり3ハロン34秒6という極上の切れ味。かつて「しなやかな鬼脚」と形容しましたが、柔らさかと強靭さを併せ持った、見事な末脚でした。
そんなナリタタイシン、ライバル17頭をまさに切って捨て、シンボリルドルフ(1981.3.13)が持っていた2分1秒1という皐月賞レコードを0秒9塗り替えて、牡馬三冠のひとつ目を奪取しました。また、馬体重426kgによる勝利は、中央競馬で馬体重の発表が行われるようになった1964年以降における、皐月賞史上最軽量の優勝馬記録です。
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
通過 順位 |
上り 3F |
馬体重 [増減] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 7 | ナリタタイシン | 牡4 | 58.5 | 武豊 | 2:34.0 | 10-11-11-11 | 34.7 |
446 [+14] |
大久保正陽 | 2 | |
2 | 6 | ダンシングサーパス | 牡4 | 53 | 熊沢重文 | 2:34.0 | アタマ | 6-6-6-4 | 35.1 |
478 [-6] |
内藤繁春 | 3 |
3 | 2 | シャンソニエール | 牝5 | 51 | 田面木博公 | 2:34.1 | クビ | 2-2-2-2 | 35.6 |
462 [-4] |
伊藤竹男 | 7 |
4 | 13 | ステージチャンプ | 牡4 | 57 | 岡部幸雄 | 2:34.2 | 3/4 | 4-4-4-4 | 35.4 |
460 [-4] |
矢野進 | 1 |
5 | 4 | アイビーシチー | 牡4 | 51 | 蛯名正義 | 2:34.3 | クビ | 1-1-1-1 | 35.9 |
476 [0] |
河野通文 | 9 |
1F毎の ラップ |
7.4 – 11.2 – 11.8 – 12.4 – 12.6 – 13.2 – 12.8 – 12.8 – 12.3 – 11.9 – 11.8 – 11.8 – 12.0 |
---|---|
ラップの 累計タイム |
7.4 – 18.6 – 30.4 – 42.8 – 55.4 – 1:08.6 – 1:21.4 – 1:34.2 – 1:46.5 – 1:58.4 – 2:10.2 – 2:22.0 – 2:34.0 |
上り | 4F 47.5 – 3F 35.6 |
1994年の第108回目黒記念。2月開催の目黒記念も今となっては懐かしいですね。このレースはよく覚えています。ちょうどひな祭り前ということで、実家でひな壇の飾り付けをしていたのです。ええ、私、全妹が5人いますので(^^ゞ。で、その飾り付けの合間に見たのでした。ステージチャンプ(1990.5.17)が圧倒的な1番人気だったのですが、クラシックホースの底力を見せて、ナリタタイシンが大外から捲り切りました。58.5kgのトップハンデものかは、満3歳秋に発症した肺出血からの見事な復活劇でした。そしてまた、当時の月刊『優駿』における武豊騎手のコメント「タイシンの本来の切れはこんなものではありません(大意)」というのも、嬉しかったものです。完調でなくとも格が違う。GI馬の矜持が、そこにありました。
*
「新・平成三強」と呼ばれた、ビワハヤヒデ(1990.3.10)、ウイニングチケット(1990.3.21)、そしてナリタタイシンの3頭。
彼らのクラシックの戦いも、四半世紀を過ぎ30年前となりましたけれど、その勝負の煌めきは、褪せることなく私の中で生き続けています。
そんな3頭は長寿についても競い合い、ビワハヤヒデは30歳、ウイニングチケットは33歳、そしてナリタタイシンは30歳と、いずれも大往生と言われる歳まで長生きしました。2023年、空の上で改めて揃い踏みとなった3頭、天駆ける時もやはり競い合いでしょうか。
「BNW」の一角を担ったナリタタイシン、小柄な馬体から繰り出された「しなやかな鬼脚」は、私の記憶の中で生き続けます。
それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。
*
[ナリタタイシン(1990.6.10)の主な競走成績]
- 皐月賞(GI)、目黒記念(GII)、ラジオたんぱ杯3歳S(GIII)
- 天皇賞・春(GI)、高松宮杯(GII)、弥生賞(GII)、シンザン記念(GIII)
- 東京優駿(GI)
通算15戦4勝、2着6回、3着1回。
#2023年02月23日(木)記事改め。