セントライト(1938.4.2)-三冠馬を辿る(No.1)-

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セントライト 牡 黒鹿毛 1938.4.2生~1965.2.1没 岩手・小岩井農場生産 馬主・加藤雄策氏 東京・田中和一郎厩舎

セントライト(1938.4.2)の4代血統表
ダイオライト
黒鹿毛 1927
種付け時活性値:0.50【10】
Diophon
栗毛 1921
Grand Parade
青毛 1916
Orby 1904
Grand Geraldine 1905
Donnetta
鹿毛 1900
Donovan 1886
Rinovata 1887
Needle Rock
鹿毛 1915
Rock Sand
黒鹿毛 1900
Sainfoin 1887
Roquebrune 1893
Needlepoint
鹿毛 1908
▲Isinglass 1890
Etui 1902
フリツパンシー
黒鹿毛 1924
仔受胎時活性値:1.25【13】
Flamboyant
鹿毛 1918
種付け時活性値:1.25【5】
★Tracery
黒鹿毛 1909
Rock Sand 1900
Topiary 1901
Simonath
鹿毛 1905
St.Simon 1881
Philomath 1892
Slip
黒鹿毛 1909
仔受胎時活性値:1.50【14】
Robert Le Diable
黒鹿毛 1899
種付け時活性値:0.25【9】
Ayrshire 1885
Rose Bay 1891
Snip
鹿毛 1899
仔受胎時活性値:0.25【9】
Donovan
鹿毛 1886
種付け時活性値:1.00【12】
Isabel
栗毛 1879
仔受胎時活性値:0.75【19】

<5代血統表内のクロス:Rock Sand3×4、Donovan4×4、St. Simon4×5、Orme5×5、Galopin5×5×5>

セントライト(1938.4.2)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
ダイオライト
(Orby系)
Flamboyant
(Rock Sand系)
Robert Le Diable
(Hampton系)
Donovan
(Galopin系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
Flamboyant
(Simonath)
3.75 兄弟に大鵬&クリヒカリ&トサミドリ
(No. 22-b)
7番仔?
(前年産駒なし後?)

*

以下にセントライトの本当にごくごく簡単な近親牝系図を示しておきます。ええ、本当にごくごく簡単で充分です。

フリツパンシー 1924 海外1勝
|大鵬 1929.4.10 11勝 帝室御賞典・横浜 目黒記念・春
|第参フリッパンシー 1933.3.6 1勝
||ヤシマヒメ 1945.5.23 12勝 優駿牝馬
||アヅマホマレ 1947.4.28 4勝 朝日杯3歳S
|セントライト 1938.4.2 (本馬) 9勝 東京優駿競走 横浜農林省賞典四歳呼馬 京都農林省賞典四歳呼馬 横浜農林省賞典四・五歳呼馬
|クリヒカリ 1939.4.10 9勝 横浜農林省賞典四歳呼馬 帝室御賞典・秋ほか
|トサミドリ 1946.5.20 21勝 皐月賞 菊花賞 セントライト記念 東京杯

尊ぶべきは、母フリツパンシー。大鵬、セントライト、クリヒカリ、トサミドリと現在のGI級レース勝ち馬を4頭も送り込んだ名繁殖牝馬です。しかし、なんという賢兄賢弟の兄弟たちでしょう。ちょっと、目がくらみます(*^_^*)。もし、トサミドリが優駿競走を制していたら、「兄弟三冠馬」が成されていた訳ですしね。なお、JRA顕彰馬のうち、兄弟で選出されているのはセントライトとトサミドリだけです。

セントライト:競馬の殿堂 JRA
トサミドリ:競馬の殿堂 JRA

*

「黒鹿毛の勇者」セントライト。最初の三冠馬は、その名を朝日杯セントライト記念(GII)に残しています。

デビュー15日後に良馬場の第3回横浜農林省賞典四歳呼馬(=皐月賞)を3馬身差で勝ち、デビュー2ヶ月後に重馬場の第10回東京優駿競走を8馬身差勝ち、そしてデビュー7ヶ月後に重馬場の第4回京都農林省賞典四歳呼馬(=菊花賞)を2と2分の1馬身差で勝利を収め、日本の競馬史上初の三冠を達成。セントライトはわずか7ヶ月の競走馬生活で12戦9勝、2着2回、3着1回の成績を収め、三冠を手土産として、種牡馬として故郷の小岩井農場へ帰って行きました。

種牡馬としても平和賞(現天皇賞・春)の勝ち馬オーライト(1943.5.23)、天皇賞・春の勝ち馬オーエンス(1946.4.24)、菊花賞馬セントオー(1949.5.27)と3頭のGI級レースの勝ち馬を送り出す活躍を見せたセントライト。しかしながら、第二次世界大戦の敗戦のあおりを受け、GHQの命により小岩井農場がサラブレッドの生産から撤退してしまったこともあり、晩年は種牡馬成績が低下を辿ってしまったのは日本の競馬界にとっても残念な出来事でした。半弟トサミドリも7頭の八大競走勝ち馬を輩出した名種牡馬だっただけに、なおさらですね……。

セントライトは、自身から23年ぶりに現れた2代目の三冠馬シンザン(1961.4.2)を見届けるかのように、シンザンの三冠達成から2ヶ月半後に息を引き取りました。セントライトとシンザンは、奇しくも共に4月2日生まれ。牝系に小岩井の12号族ビユーチフルドリーマー(1903)系を持つ同じ誕生日の後輩に、三冠馬のバトンを託すかのような最期でした。

  

それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。

*

余談。小岩井農場が馬産を行なっていたということを伝える文章を引いておきます。

途中小岩井農場を見物して行くかと聞かれたが、馬がいるかと聞き返すと今は馬は無く乳牛ばかりだとのこと、一寸変に感じた。

(中略)

私は小岩井と始終馬を結びつける。馬のいない小岩井なんて猿のいない動物園の様な気がした。

-新潮文庫、白洲次郎著「プリンシプルのない日本」、P45より引用-

白洲次郎 『プリンシプルのない日本』 | 新潮社
「風の男」、そして「占領を背負った男」――戦後史の重要な場面の数々に立ち会いながら、まとまった著作は遺さなかった白洲次郎が、生前、散発的に発表した文章がこの一冊に。「他力本願の乞食根性を捨てよ」「イエス・マンを反省せよ」
小岩井農場 KOIWAI FARM