(父)ライトカラー 牝 鹿毛 1986.3.27生~1993.2.22没 荻伏・大北牧場生産 馬主・伊藤照三氏 栗東・清田十一厩舎→栗東・柴田光陽厩舎
ヤマニンスキー 栗毛 1975.4.28 種付け時活性値:0.50 |
Nijinsky 鹿毛 1967.2.21 |
Northern Dancer 鹿毛 1961.5.27 |
Nearctic 1954.2.11 |
Natalma 1957.3.26 | |||
Flaming Page 鹿毛 1959.4.24 |
Bull Page 1947 | ||
Flaring Top 1947 | |||
アンメンシヨナブル 鹿毛 1970.3.25 |
Buckpasser 鹿毛 1963.4.28 |
Tom Fool 1949.3.31 | |
Busanda 1947 | |||
Petticoat 栗毛 1961.5.11 |
Palestinian 1946 | ||
Sabana 1955.3.9 | |||
ユウライコー 鹿毛 1977.1.29 仔受胎時活性値:2.00(0.00) |
★ パーソロン 鹿毛 1960 種付け時活性値:0.00 |
Milesian 鹿毛 1953 |
My Babu 1945.3.2 |
Oatflake 1942 | |||
Paleo 鹿毛 1953 |
★Pharis 1936 | ||
Calonice 1940 | |||
ユウコウ 鹿毛 1972.4.2 仔受胎時活性値:1.00 |
St. Paddy 鹿毛 1957 種付け時活性値:1.50 |
Aureole 1950.4.14 | |
Edie Kelly 1950 | |||
インデイアナウエイ 鹿毛 1967 仔受胎時活性値:1.00 |
インデイアナ 鹿毛 1961 種付け時活性値:1.25 |
||
Welsh Way 芦毛 1954 仔受胎時活性値:1.00 |
<5代血統表内のクロス:Menow5×5>
父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
---|---|---|---|
ヤマニンスキー (Nijinsky系) |
★パーソロン (My Babu系) |
St. Paddy (Aureole系) |
インデイアナ (Nearco系) |
形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 母の何番仔? |
St. Paddy (Edie Kelly) |
5.00 or 3.00 |
(No. 9-h) |
2番仔 (2連産目) |
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
上り 4F |
馬体重 [前走比] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 4 | ライトカラー | 牝3 | 55 | 田島良保 | 2:29.0 | 49.4 |
432 [-2] |
清田十一 | 10 | |
2 | 7 | シャダイカグラ | 牝3 | 55 | 武豊 | 2:29.0 | クビ | 49.6 |
444 [-2] |
伊藤雄二 | 1 |
3 | 8 | ヤンゲストシチー | 牝3 | 55 | 本田優 | 2:29.2 | 1.1/4 | 50.0 |
402 [-2] |
清水出美 | 11 |
4 | 5 | ファンドリポポ | 牝3 | 55 | 西浦勝一 | 2:29.6 | 2.1/2 | 50.2 |
454 [0] |
夏村辰男 | 7 |
5 | 2 | メジロモントレー | 牝3 | 55 | 河内洋 | 2:29.6 | ハナ | 49.0 |
462 [0] |
奥平真治 | 2 |
「必殺仕事人」が見せた、最後のGI大仕事が、平成元年の第50回優駿牝馬でした。現年齢表記2歳時には新馬、クローバー賞(OP)と連勝し、函館3歳S(現函館2歳S、GIII)では2着と早くからその才能を見せていた、ライトカラー。けれど、現年齢表記3歳になってからは、4着、2着、8着、5着と、好戦は見られるものの、勝ち切ることが出来ずにいたライトカラー。
それでも、後になって思えば「左回りのヤマニンスキー」。この大一番で、左回りオンリーの米国で継承された父の血が騒いだのか、ライトカラー。道中はシャダイカグラ(1986.3.23)のすぐ後ろを、内ラチ沿いにピッタリと追走。直線は馬場中央を駆けるシャダイカグラを目掛けて、外から強襲。黒の帽子に「海老、黄菱山形」の勝負服をまとった田島良保騎手が渾身の力を込めて追うと、小柄な鹿毛のライトカラー、決勝点では桜花賞(GI)馬を「クビ」だけ差し切っていました。
ゴール後、右手を挙げられた田島騎手。当時41歳のベテランが、20歳の若き天才を打ち負かしての、優駿牝馬初制覇でした。牡馬ではヒカルイマイ(1968.3.27)で中央競馬史上に残る23歳7ヶ月という東京優駿最年少勝利記録を打ち立てられた田島騎手、18年の星霜を経て、東京芝2400mのクラシックレースに再びその名を刻まれたのでした。
それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。
*
[ライトカラー(1986.3.27)の主な競走成績]
- 優駿牝馬(GI)
- 函館3歳S(GIII)
通算12戦3勝、2着2回。