テイエムオペラオー(T.M. Opera O) 牡 栗毛 1996.3.13生~2018.5.17没 浦河・杵臼牧場生産 馬主・竹園正繼氏 栗東・岩元市三厩舎
オペラハウス 鹿毛 1988.2.24 種付け時活性値:1.75【7】 |
Sadler’s Wells 鹿毛 1981.4.11 |
Northern Dancer 鹿毛 1961.5.27 |
Nearctic 1954.2.11 |
Natalma 1957.3.26 | |||
Fairy Bridge 鹿毛 1975.5.4 |
Bold Reason 1968.4.8 | ||
Special 1969.3.28 | |||
Colorspin 鹿毛 1983.3.16 |
High Top 黒鹿毛 1969 |
Derring-Do 1961 | |
Camenae 1961 | |||
Reprocolor 栗毛 1976.5.14 |
Jimmy Reppin 1965 | ||
Blue Queen 1967 | |||
ワンスウエド 栗毛 1984.3.18 仔受胎時活性値:0.75【11】 |
Blushing Groom 栗毛 1974.4.8 種付け時活性値:0.25【9】 |
Red God 栗毛 1954.2.15 |
Nasrullah 1940.3.2 |
Spring Run 1948 | |||
Runaway Bride 鹿毛 1962 |
Wild Risk 1940 | ||
Aimee 1957 | |||
Noura 黒鹿毛 1978.3.25 仔受胎時活性値:1.25【5】 |
Key to the Kingdom 黒鹿毛 1970.3.12 種付け時活性値:1.75【7】 |
Bold Ruler 1954.4.6 | |
Key Bridge 1959.4.10 | |||
River Guide 栗毛 1971.3.16 仔受胎時活性値:1.50【6】 |
Drone 芦毛 1966.4.1 種付け時活性値:1.00【4】 |
||
Blue Canoe 鹿毛 1958.4.13 仔受胎時活性値:1.00【12】 |
<5代血統表内のクロス:Nasrullah4×5(母方)、Nearco5×5>
父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
---|---|---|---|
オペラハウス (Sadler’s Wells系) |
Blushing Groom (Red God系) |
Key to the Kingdom (Bold Ruler系) |
Drone (Sir Gaylord系) |
形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 母の何番仔? |
オペラハウス | 4.50 |
半姉チャンネルフォー (No. 4-m) |
7番仔 (不受胎後) |
*
着 順 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 |
斤 量 |
騎手 |
走破 時計 |
着差 |
通過 順位 |
上り 3F |
馬体重 [増減] |
調教師 |
人 気 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 8 | テイエムオペラオー | 牡4 | 57 | 和田 竜二 | 2:26.1 | 6-5-7-7 | 35.2 |
476 [+4] |
岩元 市三 | 1 | |
2 | 13 | メイショウドトウ | 牡4 | 57 | 安田 康彦 | 2:26.1 | クビ | 3-3-3-3 | 35.4 |
504 [-4] |
安田 伊佐夫 | 5 |
3 | 10 | ファンタスティックライト | 牡4 | 57 | L.デットーリ | 2:26.1 | ハナ | 9-9-9-10 | 35.0 |
472 [前計不] |
S.ビン・スルール | 2 |
4 | 1 | エラアシーナ | 牝4 | 55 | O.ペリエ | 2:26.4 | 1 3/4 | 6-8-9-8 | 35.4 |
482 [前計不] |
M.ジャービス | 7 |
5 | 4 | ダイワテキサス | 牡7 | 57 | 蛯名 正義 | 2:26.6 | 1 1/2 | 5-5-4-4 | 35.8 |
480 [0] |
増沢 末夫 | 15 |
2000年の第20回ジャパンカップ。第5回のシンボリルドルフ(1981.3.13)以来となる「1番人気の日本馬による勝利」。
成し遂げたのは、ルドルフと同じ「3月13日生まれの母が不受胎後の仔」である、テイエムオペラオー。
デットーリ騎手曰く「Crazy strong!!」。かのフランキーにそう言わしめたからには、やっぱりクソほど強かった。
まずレースに出走すること。勝つための必要絶対条件を、骨折が癒えた後の満3歳初戦からから引退する満5歳の有馬記念(GI)まで、丸3年間もこなし続けたテイエムオペラオーとその陣営。馬も人も讃えられるべきです。
当たり前と思うことが一番難しい。その当たり前のことを、真に当たり前として、なおのこと勝利を重ね、覇王であり続けたテイエムオペラオー。彼は世紀末歌劇の主役を張り続け、脇役に回った馬たちもまた、いつでも当たり前のように、そこにいました。
栗毛に白い星ひとつ、中背中肉の馬体が跳ねて、テイエムオペラオー。悔しいが、強かった。特に2000年は、憎たらしいほどに、強かった。それ故に、このジャパンカップも忘れられません。
だからもう1回、私からも言ってやる。この「クレイジーストロング」め。なんやねん、その最後まで頑張ろうとする姿は。なんやねん、その決勝点で勝ち切ってしまう勝負根性は。恐れ入谷の鬼子母神もビックリやわ、ホンマに(^_^;)
それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。
*
[テイエムオペラオー(1996.3.13)の主な競走成績]
- ジャパンカップ(GI)、有馬記念(GI)、皐月賞(GI)、天皇賞・春(GI)2回、天皇賞・秋(GI)、宝塚記念(GI)、京都大賞典(GII)2回、阪神大賞典(GII)、京都記念(GII)、毎日杯(GIII)
- ジャパンカップ(GI)、菊花賞(GI)、天皇賞・秋(GI)、宝塚記念(GI)、ステイヤーズS(GII)
- 東京優駿(GI)、有馬記念(GI)、京都大賞典(GII)
通算26戦14勝、2着6回、3着3回。