ダイシンボルガード(1966.3.4)

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ダイシンボルガード 牡 栗毛 1966.3.4生~1986.11.3没 浦河町・秋場 亀氏生産 馬主・高橋 金次氏 美浦・柴田 寛厩舎

ダイシンボルガード(1966.3.4)の4代血統表
イーグル
黒鹿毛 1958
種付け時活性値:1.75【7】
Court Martial
栗毛 1942
Fair Trial
栗毛 1932
Fairway 1925.4.15
Lady Juror 1919
Instantaneous
鹿毛 1931
Hurry On 1913.5.7
Picture 1925
Ark Royal
鹿毛 1952
Straight Deal
鹿毛 1940
Solario 1922
Good Deal 1932
Felucca
鹿毛 1941
Nearco 1935.1.24
Felsetta 1933
ワカザクラ
栗毛 1947.6.4
仔受胎時活性値:0.50【18】
クモハタ
栗毛 1936.3.4
種付け時活性値:0.50【10】
トウルヌソル
鹿毛 1922
Gainsborough 1915.1.24
Soliste 1910
星旗
栗毛 1924
Gnome 1916
Tuscan Maiden 1918
アイシンミンドア
栗毛 1938.4.15
仔受胎時活性値:2.00(0.00)【8】
ミンドアー
鹿毛 1922
種付け時活性値:1.75【15】
Spearmint 1903.4.6
Lady Orb 1917
アイシンパレイド
鹿毛 1931
仔受胎時活性値:1.50【6】
クラツクマンナン
鹿毛 1919
種付け時活性値:0.75【11】
クイーン
鹿毛 1920
仔受胎時活性値:0.50【10】

<5代血統表内のクロス:Gainsborough4×5×5>

ダイシンボルガード(1966.3.4)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
イーグル
(Fair Trial系)
クモハタ
(Gainsborough系)
ミンドアー
(Carbine系)
クラツクマンナン
(St. Simon系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
イーグル 4.50 or 2.50
(【18】+【8】+【6】+【10】)
(No. 39) 7番仔?

*

1969年の第36回東京優駿(東京芝2400m)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢 騎手 走破
時計
着差 調教師
1 18 ダイシンボルガード 牡3 大崎 昭一 2:35.1 柴田 寛 6
2 1 ミノル 牡3 保田 隆芳 2:35.2 クビ 尾形 藤吉 3
3 27 ハクエイホウ 牡3 森安 重勝 2:35.3 1/2 尾形 藤吉 7
4 24 リキエイカン 牡3 古山 良司 2:35.8 3 柏谷 富衛 17
5 8 ニシキオール 牡3 清水 利章 2:36.2 2・1/2 藤本 冨良 11

1969年の第36回東京優駿。ドロドロの不良馬場の中で行われた一戦を制したのは戦前6番人気であったダイシンボルガード。皐月賞14着、NHK杯4着から大一番に向かったダイシンボルガードを28頭立ての6番人気に推した、当時の競馬ファンの「見る目の確かさ」を思います。このダイシンボルガードが制した東京優駿は逸話がよく上がるレースとして知られます。

  1. スタート直後に1番人気に推されたタカツバキ(1966.4.16)が落馬で競走中止
  2. 最後の直線、ダイシンボルガードを担当された石田健一厩務員が馬場に飛び出して「俺の馬だ!!」とばかりに応援
  3. レース後、大崎昭一騎手がファンから胴上げ

1番人気馬の落馬もビックリですが、その後に続いた2つがおおらかな時代を思わせます。なお、大崎騎手は当時24歳であり戦後最年少騎手による東京優駿制覇ともなりました。12年後、カツトップエース(1978.4.20)で東京優駿2勝目を遂げられた大崎騎手、思えばご自身の干支である酉年、歳男の年に東京優駿の勝利をされていたのですね。

0の理論的な観点からは外れるのですが、ダイシンボルガードは栗毛の流星であり、その容姿は母父クモハタの影響を受けているように見えます。ダイシンボルガードとクモハタ、残る写真を見れば流星が左鼻の方に流れているのも同じです。そしてまたダイシンボルガードとクモハタは共に3月4日生まれの東京優駿勝ち馬です。

そんな訳で2026年は3月から5月までの3ヶ月間の毎週水曜日、その日に生まれた名馬を紹介して行こうと思います。

 

それでは、これから走る馬、人すべてが無事でありますように。

[ダイシンボルガード(1966.3.4)の主な競走成績]

  1. 東京優駿、ダイヤモンドS
  2. 目黒記念・春
  3. 有馬記念2回、天皇賞・秋

通算24戦7勝、2着3回、3着4回。

#東京優駿にまつわる物語ではタカツバキの鞍上であった嶋田功騎手は4年後のタケホープ(1970.3.24)で溜飲を下げられ、戦後最年少の勝利騎手の記録は2年後のヒカルイマイ(1968.3.27)、田島良保騎手が23歳で更新されました。名前を挙げたタカツバキとヒカルイマイ、共にシプリアニ(1958.3.4)産駒できさらぎ賞勝ち馬という共通点がありました。という訳でトウメイ(1966.5.17)やヒカルイマイを送り出した名種牡馬シプリアニも3月4日生まれですね。

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ワイルドブラスター
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このサイトの管理人、活躍馬を紹介する記事について「初心に戻る」と思ったそうです。

マイシンザン
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